#6 やり直しの作り直し

ライセンスやアカウントの話では間が持たず、少し世間話をしている間にデスクトップが表示されたようだった。

「じゃあ、アカウントを作り直しますね。まず設定を開きます」

『設定?』

そういえば自分のパソコンを持ったことがないのだから、設定するという行為自体が初めてか。

「左下の四角いマークをクリックします」

『はい』

「そしたら歯車のアイコンをクリックしてください」

この時、「歯車って?」「アイコンって?」「クリックって?」という質問も覚悟しなければならないのだが、幸いにもゆかさんにはすんなり通じた。

手順の説明は次のようなものだ。

大部分はやむをえない手数だけれども、明らかにMicrosoftアカウントを持たないローカルアカウントの作成を困難にすることでMicrosoftアカウントを使用せざるをえないと思わせようとしているのが見えてあまり気分の良いものではない。 その作業中にはこんなやりとりがあった

『ユーザー名もわかりにくいものにしたほうがいいんですか?』

「セキュリティ的にいくらか効果はありますけど、あまり意味はないので予測できるもので大丈夫です」

『十分に複雑なパスワードってどれくらいですか?』

「最低限、12文字以上で、アルファベットの大文字と小文字、数字、記号の全てを含めてください」

『えーっ…それ覚えられなくないですか?』

「自分なりの規則性をもっていれば大丈夫ですよ。Iを1に変換する、みたいなことがよく言われますけど、それは予測できてしまうので破られる原因になります。自分の中だけのルールで設定します」

『あ、メモしたらいいのか』

「全く駄目なわけではないのですけど、かなり危険なので避けてください。手帳に書いておくというのは、実はそこまで悪くもない方法ですが、手帳を見られたら終わりだと認識してくださいね」

『えー…』

パスワードは流用禁止というのもあるため、実はどうしても悩む部分だ。暗号化して一括管理するにしても、その暗号にアクセスするためのパスワードは十分に強力で、かつ完全に覚えてなくてはいけない。

「英語でもローマ字でも単語とか、連続した番号とか、誕生日とか、そういうのは使ってはいけませんからね」

『入れても駄目ですか?』

「12文字だったら入れないほうがいいです。12文字の付け足しならありですけど」

ゆかさんはたっぷり30分ほどかけてパスワードを決めた。

「パスワードの使い回しは非常に危険なのでパスワードのルールを決めておくか、一括管理したほうがいいですね」

『一括管理?』

「方法は色々あるんですけど、それはそれで長くなるので今度にしましょうか」

ここでいきなりクラウドストレージと暗号化ファイルシステムの話をしようものなら頭パンクしちゃうからね。

ようやく設定を終えてデスクトップが表示される。

「ここまでの作業って何をしていたか把握していますか?」

『なんとなく…』

「じゃあ再度説明しますね」

初期設定アカウントに問題があった場合――大抵は意図せずMicrosoftアカウントで登録したか、ユーザー名に日本語を使ったか――ユーザー名の変更など設定でできる処理では問題が生じることがある。 ユーザー名の変更は設定の不整合が起きる可能性があるためあまり推奨できることではない。これはWindowsに限らず、MacやLinuxでも起こることだ。

そのため、「新しいアカウントを作って、古いアカウントは削除する」という手順によってアカウントを置き換えるという方法をとることができる。 アカウントを既に使い込んでいる場合は設定がリセットされるため傷口が深くなるが、使い始めたばかりならば影響はごく少ない。

Windows10はパソコンを利用するときに、Microsoftのサービスにログインして利用する方法――GoogleやTwitterやInstagramにログインするのと同じように――と、パソコンにアカウントを作って利用する方法の2種類になった。1 Windows8まではアカウントはパソコンの中に作るものだったので、後者が従来の方法で、Microsoftは新しいアカウントの形式を追加すると共に、それに可能ならば統一しようという動きであり2パソコン内部のアカウントを作る手順を遠ざけたため一部複雑な手順が入ったのだ。

管理者と標準ユーザーの違いはソフトウェアのインストールや設定などシステムに対する変更を許すかどうかである。 標準ユーザーはこれが許されないので、システムに対する設定などができなかったりするけれど、その分「いじって壊してしまう」といったことがない。 管理者の場合はそのような変更を加えたときに、「はい」を選択すればできるようになる。 Windowsの場合、自分一人で使うのならば標準ユーザーを使用するメリットに乏しい。3 そして、最低でもひとつは管理者アカウントがないと設定すらできなくなってしまい詰んでしまう。

「さて、ここで重要な選択です。パソコンのメンテナンスのためにローカルアカウントがないと困ることがありますから4ローカルアカウントを作りました。このほかにさっきの手順で飛ばしたマイクロソフトアカウントがあります。マイクロソフトはマイクロソフトアカウントを使うことを強く推奨しています。使うことで、マイクロソフトが提供するサービスとWindowsを連携させることができます。具体的にはXBox, OneDrive, Windowsストア, スカイプです。製品のバックアップなどもできます」

Windowsコンポーネントをより積極的に使う場合には他にも色々メリットはある。だが…

「マイクロソフトアカウントを使用する場合かなりの情報を持っていきます。ウィンドウズ付属のメールソフトを使う場合はメール利用に関する情報もですし、XPSで電話することはありませんけれど、電話帳を使うと電話帳のデータや発着信の履歴もそうです。あとは位置情報と、マイクロソフト製ソフトウェアの利用状況、ウィンドウズアプリと呼ばれるアプリの利用状況ですね。別にマイクロソフトアカウントを使ってなくても情報はある程度持っていきますが、マイクロソフトアカウントを使うとそれが誰であるかということを直接に紐付けます。ゆかさんが誰と知り合いで、いつ誰とスカイプでやりとりしたか、ということと、それがゆかさんという人であるという情報がくっつくわけですね。実際に「登録したアカウントの利用情報を監視する」という機能もあります。決断の基準は、マイクロソフトを自分の個人情報を預けられる程度に信用するか、ということになります」

『ちょっとそれ、きつくないですか…』

「まぁ、そういう時代なんだと思ってください。紐付けないで使うということがいつまでできるかもわからないくらいです」

『…それは、嫌です』

「わかりました。しかし、オフィスを使うためにはマイクロソフトアカウントを登録する必要があるので専用のアカウントを作ります。普段の利用には今使っているローカルアカウント、オフィスを使ったりマイクロソフトのサービスを使うときはマイクロソフトアカウントアカウントと使い分けてください」

『わかりました』

手順は先程とあまり変わらない。ただし今回の場合はMicrosoftアカウントを追加するためその部分が少しかわる。これまでゆかさんは自分の所有でパソコンを使ってこなかったのでマイクロソフトアカウントがない5。 そこで、「このユーザーに関するサインイン情報がありません」「新しいメールアドレスを取得」でoutlookメールアドレスを取得して登録することになる。

「今作ったこのアカウントはオフィスなんかを使うときに選択してください。普段は今使ってるほうをつかいます」

『はい、わかりました』


  1. この記事は初心者向けなので「2種類の方法になった」なんて言ってしまっていますが、厳密にはKerberos認証/Active Directoryによるサインインもあります。が、一般ユーザーが考える必要のある事柄ではないでしょう。

  2. 実際にMicrosoftアカウントに統一される可能性はそれなりにあります。ただし、「完全にオフラインで運用されるパソコン」や「サインインした後でなければネットワークを動作させられないパソコン」というのもあるため、完全に統一されてしまうと非常に困ったことになると思われますが。

  3. 管理が必要な状況で管理者でサインインする、というのがあまり現実的でない手順であることと、実行自体に管理者権限を必要とするプログラムが少なくないためです。日常的に利用するプログラムでも自動アップデートのために管理者権限を求めるといったものもよくあります。

  4. 実際はオフラインになっても一度サインインしていればサインインすることはできるはずです。ところが、既に何度かオフラインになったら二度とサインインできない、というようなことが起きたりしているので、念のためにローカルアカウントがひとつは必要でしょう。

  5. Skypeもしていませんでしたが、比較的最近Skypeのアカウントをとった人はそれがマイクロソフトアカウントになっている可能性は高いと思います。

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