#4 青いなんか怖い画面

秋が終わりいよいよ寒さも深まってきた頃、ゆかさんから電話があった。 正直、ミーミルヨコハマの電話はあまり鳴らないし、プライベートの電話は全く鳴らないので、それはそれは珍しいことだ。 私は新しく買ったばかりの――そう、あのおんぼろのDynabookに代わる新しい相棒だ――銀色に輝くThinkPad X1 Carbonの調整をしていた。

「お電話あり、がとうございます、…ミーミルヨコハマ正木でございます」

私は電話が苦手だ。 もちろんプライベートで仲がいい人となら何時間だって喋れるが、仕事の電話はかけるのも受けるのもとても苦手である。 だからよく言い間違えるし、よく噛む。この程度の定型句がスラスラ言えないのはいかがなものかとは思うのだが…

『あ、こんにちは。ゆかです』

「あ、はい。こんにちは。どうされました?」

注文した、と聞いてから結構経っている。 どんな様子かと思っていたのだが、このタイミングで電話してくるというのは意外だった。

『XPS届いたんですけど、なんかよくわかんなくて…』

「よくわかんない…っていうのはどういうことですか?どんな状態なのか聞かせていただけます?」

『はい。えっと…届いて、それで電源入れたんですけど…』

「はい」

『なんか青い画面で…』

「はい…」

まさか…

『よくわかんなくて、怖くて、放置してたんです』

アレか…


コンピュータに詳しい、というと勘違いされがちなのだが、私はウィンドウズを使っていないし、マイクロソフト・オフィスに至っては使ったことがない。 だから、そのあたりに関しては決して詳しくはないのだ。

だが、ここで「詳しくない」の定義が問題になる。 私が言っている「詳しくない」というのは、「私の知識や技術の水準においてウィンドウズやオフィスにまつわるものは低い」ということであって、それがイコール「世の詳しくない人と同程度」ということにはならない。 ウィンドウズのファイルシステムやプロセス管理やページング処理についてある程度話せる程度には知っている。

だが、どうしても不足するものがある。 経験量だ。 普段使っていない以上、「ウィンドウズで起こる出来事」というのはあまり経験しない。そしてその限られた経験の中で、「最近のウィンドウズは知識に基づく期待を大概裏切る」ということを知っている。

私は最近ThinkPad X1を購入した。 そして、「最新のパソコンでセットアップをする」という作業を経験したし、動画にもした。 その中で経験したのが、「途方もなく長くて意味のわからない初期設定作業」だった。


「事情はわかりました」

『え、わかったんですか?』

「はい。青い画面で女の人が不自然な感じで喋る画面ですよね?」

『はい、そうです、そうです!』

「で、そこで言ってる意味がわからなかったんですよね?」

『そうなんです!』

「イチからちゃんと教えますから、ちょっとこのまま作業できますか? XPSは電源につないでくださいね」

そう言いながら私はチェストからヘッドセットを取り出す。 この乙女チックなピンク色のケータイは1マイクロUSBのヘッドセットしかつかない。自慢のヘッドセット群が使えないのがとても残念だ2

『これ、壊れたりしませんか…?』

「前回切ったタイミングにもよりますけど、いきなりブチッと切るのは危険ですね。回答を間違っても壊れることはありません。変な設定になって困ることはありますけど」

ゆかさんはちょっと安心したようで深く息をするのがきこえた。

『あ、わたしもイヤホンつなぎますね。ちょっとまってください』

その間に私は状況を把握するため、ThinkPad X1のセットアップ動画を展開した。ここからおおまかに相手の状況をたどることができる。

ゆかさんが電話越しにもわかるような様子で恐る恐る開くと軽い悲鳴が上がった。 何事か…と思うと、蓋を空けるなり青い画面が待ち構えていたらしい。

「あぁ、スリープになっていたんですね…大丈夫ですから落ち着いてください。何の画面になってますか?」

『えっと…ぴん?』

PINか…動画をたどる。PINにたどり着くまでにはX1の場合

という手順である。

…正直よくがんばったと思う。何も知らない初心者にとっては、意味のわからない質問をこうも次々投げかけられるのは恐怖でしかないのでは。

「えっと…いくつか質問させてください。アカウント名はなににしましたか?」

『え?ゆかです』

「…日本語で?」

『日本語で』

まぁ、そうですよね。

「アカウント名を日本語にするの、あまりよくはないです」

『えっ、そうなんですか!?…どうしたらいいですか?』

動画を確認する。どうも、PINまできてしまうとアカウント作成まで戻ることは無理そうだ。

「このアカウントは一旦流して、アカウント作り直しましょう。ここは一時的なものにしてしまいます」

『…?わかりました』

「この作業の後に少し作業します。とりあえず今はこのまま進めますね」

『はい』

「もうひとつ質問です。ネットワークの設定ってやりました?」

『よくわからないから、やってないと思います』

「わかりました。それで良いと思います。では続けますね」

『はい』

やっていたとしたら、マイクロソフトアカウントに関する話とかもしなくてはならなかった。 しかも、果てしないウィンドウズ・アップデートが待ち構えることになる。 なのでつなぐべきではない。最近のウィンドウズが言うことは基本的にマイクロソフトの利益になることであってユーザーの利益になることではないので、おおよそ拒否すれば良い、と考えるのがわからない場合の手になっている。

「PINっていうのはiPhoneのパスコードのみたいなもんですよ」

『あ、わかりました』

この場合iPhoneのパスコードで通じたが、PINについての説明はいくつかパターンが必要になる。最も汎用性があるのは「暗証番号」だが、必ずしもそれで通じるとは限らない。アンドロイド・スマートフォンを使用している場合はPINを使っていればそれと同じものだと言えば通じるし、LINEを使用している人は多く、LINEにロックをかけている人も多いのでLINEのパスコードと同じものと言っても良い。

「今回のはアカウント後で消しますから、わかりやすいのをつけてください」

『はい。…だめって言われました』

「…何にしました?」

『1234』

「さすがにそこまで単純だとウィンドウズも駄目って言うんですよ…1122とか1248くらいなら大丈夫です」

『じゃ1248にします。…こるたなってなんですか?』

「このアカウントは使わないので後ほど説明します。後で設定する、にしておいてください」

『わかりました。…サポートおよびプロテクション、というのが出ました』

「んー…ベンダーの登録ですかね。書いてある内容読んでいただけます?」

『カスタマイズされたサポートとアンチウィルスプロテクションを提供するため、以下の2つの個人情報を確認し』

「はい。入力項目はなにがあります?」

『名前、姓、メール、国と地域、です』

「多分ベンダー登録ですね。入力して次を押してください」

しかし考えてみれば、これはメールアドレスがない人はどうするのだろう? 「新しいパソコンをセットアップする」という状況は「はじめてのパソコンである」という確率はそれなりにあるわけで、メールアドレスを持っていない人は普通にいるはずなのだが。 スマートフォンがあればそれで取らせればいいが、身分証をとるための身分証がない、みたいな状況になりかねない。ちょっと想像力が足りないのではなかろうか。というよりも、「今初めて情報機器に触る人なんていないはずだ」という傲慢な感覚が見えてあまり好ましくはない。

『しばらくお待ちください、だそうです』

「数分から数十分くらいかかります。だいたいの場合は5分もかかりません。XPSにこぼしたりしないところでお茶でも飲んでのんびりしてください」

『はーい』

多分、これから彼女は、「いきなりこんなことできるわけないでしょ」という思いを胸にパソコンにヘイトを高めることになるのだろう…


  1. 先代のMimir Yokohamaのケータイはギャル感あふれるどぎついピンクだったのですが、新しいケータイは女子力高そうなピンクになりました。なお、先代はそれしかなかったためなのですが、今代はそれを継承してのわざとです。

  2. いただき物のゲーミングヘッドセットなので、だいたい光る。