キーボードを考える

「キーボードを気にする」理由は

キーボードはパソコンにとって中心となる入力デバイスです。 パソコンの使いこなし度が上がるほどにマウスなどの使用率は下がり、キーボードが重要になってきます。

キーボードの使い心地はキーボードをたくさん打つ人以外は触っただけでわかるものではありませんが、 気づかないうちにストレスをためており、パソコンに対してネガティブな印象を持っていたり、肩、腕、首、手などを痛めていたりします。 使い込んでいなければ自覚するのは難しく、実際にこだわってみると驚くほど改善されることもよくあることです。

これが数百円で売られているものもある一方、2万円を越えるようなものがある理由でもあるでしょう。

ラップトップ(ノートパソコン)のキーボード

ラップトップは現在、ほとんどの場合アイソレーションキーボード(キャラメルキーボードやチクレットキーボードとも)と呼ばれるものになっています。 これは、キーとキーの間に隙間があるタイプのキーボードです。

キャラメルキーボードが普及した理由は、ネイルをした女性でも打ちやすい、ということでした。 副次的には、本体の薄型化に伴ってキーが薄くなっていたため、「キーを押した感覚」が得にくくなり、キーの押し間違いが発生しやすくなったために物理的に離して「ミスによる同時押し」を抑制しています。 わずかながら上面パネルの強度確保や、ゴミの入り込みにのくさにも貢献します。

しかしながら、総合的に見ればあまり評判はよくありません。 薄型化などにより従来型のキーボードはそもそも採用困難になったという事情もありますが、それにしても打ちにくいという声は多くなっています。

そもそも、女性でネイルをしている人は少なくはありませんが、それでも化粧のように誰もがしているというわけでもありません。 ネイルをしていてもキーボードにひっかかるようなネイルをしている人はさらに少数派でしょう。 そして、例えそのようなネイルをしている人ですら、必ずしもアイソレーションキーボードが好ましいとは言わないのが実情です。

つまり基本的に、現在のラップトップのキーボードは「かなりストレスがたまる程度には打ちにくい」のです。

一般的なラップトップキーボードのキーストロークは全長で1.2mmから1.5mmほどです。

中にはストロークがほとんどなく、キー自体の高さもないものもあります。 このようなものは「押す」というよりはタップに近い感覚となり、「ぺたぺた感」が出ます。 このようなペタペタキーボードは手を痛めやすく、ミスタイプも多く、非常にストレスがかかります。 ペタペタキーボードが好きという人はごく稀で、比較すると明確に「嫌だ」という人が圧倒的多数です。 打つ感覚がよくわからず曖昧で「ぺたい」のです。

実はMacbookがこのようなキーボードを採用しており、Macbookのキーボードがあまりよくないことは有名です。

ラップトップの範疇で見るとなるべくならキーストロークが深いほうが良好な感触を得られますし、 押した時に「カチッ」とスイッチの入る感覚のある明確なタクタイル感を持つキーボードが良好なフィーリングを得られます。

ラップトップ用キーボードで最も良好なフィーリングを提供するのが、LenovoのThinkPadシリーズです。 昔から人気の高いThinkPadキーボードですが、単なる四角ではないキーに、1.8mmを越えるキーストロークを確保しています。 Thinkpad X1 Carbonなどはかなり薄型なのですが、それでもこれだけのキーボードを採用するというのはなかなか驚きがあります。 また、ラップトップではぐにゅっとした感触のキーボードが多い中、明確なタクタイル感があり、パチッという感触になっています。

ThinkPadのキーボードは人気が高く、USB接続のモデルも販売されており1、これまた人気があります。 つまり、付属のものを使わざるをえないラップトップに限らず、好きにせんたくできるデスクトップですら使いたいという人が少なくないキーボードであるということです。

ThinkPadのユーザーは非常にこだわりの強い人が多いため、ポインティングデバイス(ThinkPad特有の「赤いポッチ」の話です)やキーボードの感触がいまひとつであったりすると、ユーザーは激怒します。2

他には、Fujitsuは子会社に事務入力機器で高い人気を誇る富士通コンポーネントがあり、ワープロ時代には親指シフトキーボードという独自の配列で効率的な日本語入力を追求していました。 スマートフォンではAtokをさらにチューニングしたものを搭載するなど、入力関係にはThinkPadに負けず劣らずのこだわりがあり、ラップトップもストロークが短いなりに良好なフィーリングを得られるキーボードを採用したモデルが存在しています。3

また、hpのSpectre13のキーボードがぺたっとしたキーボードでありながら明確なクリック感があることで一部で評判でした。

ラップトップのキーボードの場合は、ラップトップ本体の剛性も関わってきます。軽量小型なラップトップは本体の中身はほとんどがらんどうなモデルもあり、 はしっこを持つだけでねじれてしまうものも少なくありません。 そのため、キー入力時にたわみが発生し、「キーが逃げるような」動きが発生して打ちにくいということもよくあります。 ThinkPad Xシリーズのような本体の強いモデルもキー入力の快適性に大きな影響を与えます。

キーの幅・間隔も入力の快適さに大きな影響を与えます。 標準のキー間隔としては19mmですが、19mmを確保するには14inchは必要なようです。 13.3inchモデルは記号キーなどを中心に19mmよりも短くしており、12.1inchモデルに関しては全体的に19mmよりも短くし、記号キーはより細くしている傾向があります。

外付けキーボードで考えること

外付けキーボードでは極めて多くの点を選択することができます。

キーストロークの深さ

一般的に外付けキーボードのキーストロークは4mmで、キーが反応するアクチュエーションポイントは2mmです。

これは昔ながらのキーボードですが、ラップトップのユーザーが増えた結果、昔ながらの4mmストロークのキーボードは「深すぎて疲れる」という感覚を持つ人が増え、近年はストロークの浅いキーボードが増えています。

パソコンに付属するようなメンブレンキーボードは2mmから3mm程度のストロークのものが一般化しつつあり、また高級キーボードであるメカニカルスイッチを採用したキーボードであっても3mmストロークのスイッチ4を使用するものがあります。

キーストロークの深さと、押し下げの軽さはキーボードの打ち方の違いもあります。

元々のキーボードはタイプライターから発生してきたものであり、キーごとに指を上げ、キーを叩く、突きこむようにタイピングすることを基本としています。 しかし、近年のラップトップ向けキーボード、特にキャラメルキーボードはタイピング時にキーに触れたままにし、指を滑らせて打とうとするキーの上で止める、というような操作方法を想定しています。 従来型のタイピングではキーストロークが短い、あるいはキーが軽いということは誤打の原因となり好まれないのですが、滑らせるように押すにはあまりしかり押すキーボードではうちにくいという状態が発生します。このような違いと慣れが反映されているものだと言えるでしょう。

実際、4mmというのはあまり深く考えずに継承されてきた面もあり、2mmとは言わないまでもキーストロークはもっと短いほうが高速なタイピングができる、と最近は私も感じています。5

押し下げ特性と反発特性

押し込むときにどのような力が必要で、それに対してどのような力で反発するかということです。

キーを押し込むのに必要な力はcN(センチニュートン)で表現します。 あまり馴染みの単位ですが、重量グラム(gf)に変換すると1cN = 1.0197gfですので、多くの場合わかりやすく(cNであるにも関わらず)g(グラム)が使われます。 簡単にいえば45gのキーボードであれば、キーの上に45gのおもりを乗せれば押せる(40gのおもりなら途中でとまる)ということです。

おおくのキーボードはキーの重さは一定ではなく、あるところまで押すのに必要な荷重量が増えた(重くなった)あと、それをこえると必要な荷重量が少なくなる(軽くなる)という特性を持ちます。 これにより、そーっと押していくと「かくっ」という感触を発生させます。 これを「タクタイル感」と言います。

指先は感覚の鋭い器官ですから、このタクタイル感によるスイッチ的感触は容易に感知できます。 これにより「スイッチが入った=キーが入力された」と感知することができ、キーを発生押せる限界まで押し切らなくてもきちんと打った感触を発生持ってタイピングすることができます。 最後まで打ち切る(ボトム、底付きなどと言います)と指に負担もかかりますし、できれば避けたいことなのです。

一方メカニカルキースイッチーにはこのようなタクタイル感の全くないキーボードが存在しています。 これをリニア特性、リニアスイッチと言います。 リニアキーボードは深く押し込んだときの反発が強く、勢いで行き過ぎることもないため高速入力、特に同じキーに対する反復入力に有利です。 しかし、どこでキーが入力されるのかということがわかりにくいため、キーストロークが安定せず、ついつい底付きしてしまいやすいという難点があります。

反発が弱すぎると指を発生自分であげる必要がありますが、反発を使って指わかりにくい上げることができればタイピングに必要な筋力、筋への負担が減ります。 しかし反発が強すぎると指に対する負担が増えます。

理想的な特性を求めて様々な内部構造が採用されています。

メンブレンスイッチを採用することが多いためメンブレンキーボードと呼ばれるラバードームアクチュエータを採用するキーボードは単純な構造のため安価に製造できます。 ゴムが潰れるまで荷重が増加するためタクタイル感が得られ、潰れるとごく軽くなるため「すこっ」と入る特性になります。 また反発は弱めで、「ぽこっ」と戻ります。

メカニカルスイッチはスイッチ自体がアクチュエータとなります。 様々な特性を与えることができ、タクタイル感の強いもの、弱いもの、リニア特性のものなど様々です。

より優れた感触と特性を与えるためラバードームとスプリングを組み合わせたアクチュエータを持つのが静電容量無接点方式スイッチを採用するRealForceシリーズと、メンブレンスイッチを採用するLibertouchです。 また、ロジクールのキーボードはラバードームとメカニカルキースイッチのふたつをアクチュエータとしています。

また、珍しいものでは座屈バネをアクチュエータとして採用するキーボードもあります。 Unicompキーボードは古い、このような座屈バネを採用したキーボードを現代に蘇らせています。 座屈バネ方式は押し下げ時は明確なタクタイル感を持つ重めの感触ですが、反発はリニアで、押し下げ特性と異なるカーブを持つ描く反発特性を持つという特徴があります。

キー形状

キートップ形状はキーボードメーカーにとって自由度の高い部分です。 こうした部分でもキーボードの打ち心地は大きく左右されます。

誤打を防ぐにはキーボードの中心がくぼんでいるタイプのキーが向いていますがキーの上で指を滑らせるにはこのようなキートップ形状はひっかかってしまいます。 また、タンク順なラバードームアクチュエータのキーボードはキーの端の方を押すと斜めにつぶれてしまうため感触が悪化しますが、事務用コンピュータとして非常に大きなシェアを誇るNEC MATEに付属するキーボードはトップ部分が極端に細い形状をしており、中心でない部分は谷になっていておすことができません。必然的にキーの中心に指が吸い寄せられる、欠点を補ったデザインです。

自然なタイピングのために列によって高さを変えていたり、傾きを設けているスカルプチャードキーボードもあります。 また、標準ポジションでのタイピングを行う人が手首に負担をかけずに入力できるような左右分割キーボード、あるいはナチュラルキーボードというものもあります。

Kinesis Ergo キーボード

また、ごく安価なキーボード以外はキーをまっすぐ押せるようにするためのガイドとスライダーを搭載するキーボードが多く、 このような工夫によってもフィーリングを搭載改善できたりする場合もあります。 メカニカルキーボードにおいてはスライダーを使用するかわりにスイッチを天板の上に置いて剛性を確保する方式もあります。

キーの配置とサイズ

まず言語別の配列というものがあります。

日本語のキーボードはJIS日本語キーボードが一般的で、JP106と呼ばれます。 標準で106のキーがあるということですが、テンキーのないもの(88keys)、カーソルキーなどもないもの(69keys)などのバリエーションもあります。

日本語キーボードのバリエーションとしては親指シフトキーボードがあります。 これは富士通が提案する日本語入力方式で、JISキーボードとは異なる配列と、2種類のシフトキーを使ってホームポジションに固定したままでのかな入力が可能です。

英語キーボードと呼ばれることもあるUSキーボード(アメリカンキーボード)はアメリカ向けのキーボードです。 単にかな表記がないだけのように思っている方もいますが、記号の配置が異なり、キーの数も少ないため、USキーボードを日本語キーボード配列で入力すると6打てない文字が出ます。7

JISキーボードの範囲では

などの配置の違いがあります。

一般的にキーとキーの横の間隔は19mmです。コンパクトなキーボードだと19mmを切るものもありますが、外付けキーボードとしては特殊なものになります。 一方、稀に19mmをこえるものもありますが、実際につかうとあまりにもキーが遠く、非常に打ちにくいです。

通常はキーボードは大きく、キー数が大きいほうが生産性が高くなると考えられがちですが、非常にキーボードをハードに使うエンジニア、ハッカーなどの場合より効率的に入力するためにキーを密集させたほうが好ましいという考え方もあります。このようなキーボードはキー数を減らしたかわりにFnキーを使用して通常使わないキーを入力するということになります。 PFUのHHKB(Happy Hacking Keyboard)やセンチュリーのBLACK PAWN/BLACK QUEENキーボードがこのような設計になっています。

剛性

キーボード自体がたわむことは入力しづらさにつながり、効率も悪化し、疲労も発生させます。

高級なキーボードでは底面に鉄板を入れることで強化していたり、あるいは天板に金属板を使用してスイッチを天板に接合するという方法がとられることもあります。

音の大きさ

キーボード入力はどうしても音がしますが、あえて音を出しやすくしたものや、静音性を出しやすく高めたものもあります。

メカニカルキースイッチを採用するキーボードの中には軽快な音を発するものがあります。

一方、図書館などでの使用を想定した静音キーボードは強く打ってしまった場合でも比較的音量は抑えられます。

音がするものでもキーボードにより特色があり、Unicompキーボードの響くような金属音、Cherry MX 青軸によるスイッチ感の強いカチッとした音などは人気があります。

同時押し対応

USBキーボードでは同時に押していることを検知できるのは6つまでです。 しかし、ゲームではこれでは困る場合があります。

そこでゲーム向けにより多くのキーの同時押しを可能にしたキーボードがあります。

このようなキーボードは”Nキーロールオーバー”と表記されます。

イルミネーション

主にe-sport大会での見栄えのために、鮮やかなイルミネーションを採用するキーボードもあります。

ほとんどは見かけ上のことですが、ゲームにおいてはキーを採用役割ごとに色分けしておくことで操作ミスを減らす効果もあるそうです。

試すときの注意点

多くの人が理想のキーボードを追い求め、試し続けています。 体調などによっても好ましいキーボードは変わりますから、いくつかのキーボードを使い分ける人もいます。

できるだけ店頭などで試すべきですが、このときに注意すべきはキーボードの位置です。 店頭で試す場合、普段よりもずっと低い位置にあるキーボードを打つことが多く、そうするとキーに指がひっかからくなりますし、打点が高く力も入りやすいためキーが軽く感じます。

このことから店頭で試した場合と実際に使ってみたら全く異なる感触になったということがよくあります。

キーボードで目指すべきところ

基本的には「よりストレスがなく、疲れのないキーボード」が好ましいと言えます。

強いストレスや疲労が発生するのは次のような理由です。

お勧めのキーボード

LibertouchとRealForceは極めて良いキーボードです。 多くの人はこのどちらかで満足できるのではないかと思います。

どちにもアクチュエータにはラバードームとスプリングを採用し、似てはいますが、Libertrouchのほうが明確なタクタイル感のあるしっかりしたキーボードでRealForceはリニアに近いふわふわした打ち心地です。

良いキーボード、選択肢になるキーボードは様々ありますが、 話が長くなる上に結局は好みの問題となってしまうため、この程度にしておきます。


  1. しかも1万円前後という結構高級なキーボードです。↩︎

  2. 毎年購入するような人も少なからずいるため、ThinkPad X1 Carbonの2016年モデルは「キーボードがふにゃふにゃしている」とひどく不評でした。他メーカーと比べればずっとしっかりしたキーボードだったのですが、ThinkPadファンはそのような劣化を許しません。↩︎

  3. ただし、ThinkPadのようにそれを最低限のアイデンティティとしているわけではないため、ごくストロークが浅いキーボードを採用したモデルもあります。ただし、「LIFEBOOK UH75/B1」のキーボードが「最低」と言われたことをショックとして投入予定を前倒しして「LIFEBOOK UH75/B3」に優れたキーボードに投入するなどプライドがあります。↩︎

  4. Cherry MLキースイッチや、Kalith製のキースイッチ、Razer Yellowスイッチなどがあります。↩︎

  5. 私のタイピングスピードでは英文タイピングで85WPM, 450s/m程度、和文でメールを書く場合は250c/m程度です。↩︎

  6. どのような配列のキーボードを使っているかというのはシステムに対して自己申告であるため、設定することができます。そのため、日本語キーボードをよりキーの数の少ないUSキーボードとして使うことはできますが、USキーボードを日本語キーボードとして使おうとすると入力できない文字が発生します。↩︎

  7. 具合的には\_キー(“ろ”キー)と\|キーがなくなってしまいます。↩︎

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